1. はじめに
新型コロナウイルスによる社会の不安が長引くなか、企業にとって事業を継続するための資金調達は喫緊の課題です。特に貸付ではない、返済不要な助成金制度は企業にとってはとても魅力的です。中小企業等規模の大きくない企業にとっては助成率が高く設定されていることも多いです。
毎年4月には、厚生労働省管轄の雇用・労働関係の助成金制度の枠組みが発表されますが、今年は雇用保険財政の悪化もあってか、全体的に緊縮気味ではありつつも、政府が進めたい施策について新たな助成金が創設されるなど、強弱をつけた大きな変更がなされました。今回はそのような変更点を中心に解説していきたいと思います!
2. 2022年度はどのような助成金があるの?
◆キャリアアップ助成金
キャリアアップ助成金は、有期契約労働者や短時間労働者、派遣労働者などのいわゆる非正規雇用労働者の企業内での正社員化やキャリアアップ、処遇改善の取り組みを実施した事業主に支給される助成金です。
例えば、有期契約労働者等を正社員に転換し3%賃金を上昇させた場合、中小企業では1人あたり57万円が支給されます。<正社員化コース>
こちらは助成金の中でも受給額が大きく人気のあるコースでした。しかし、コースの一部廃止や、受給要件の難化など大幅な変更がなされました。これまでキャリアアップ助成金を受給していた企業も継続して受給するためには賞与や昇給の仕組みの大きな変更、就業規則・賃金規程の見直しが必要になる可能性が高いです。これまで受給していた企業様は今一度詳細の要件をご確認いただくことをお勧めします。変更点:
正規雇用労働者の就業規則が適用されていることに加え、賞与または退職金の制度、かつ昇給が適用されていることが追加されました。
転換前の非正規雇用労働者について、正規雇用労働者と異なる雇用区分の就業規則が適用されていることが必要になりました。
◆両立支援等助成金(出生時両立支援コース<子育てパパ支援助成金>)
従業員の職業生活と家庭生活の両立支援や女性の活躍推進等に取り組む事業主に支給される助成金です。
男性労働者が育児休業を取得しやすい風土作りに取り組み、かつ男性労働者に子の出生後8週間以内に開始する育児休業を取得させた事業主に支給されます。
こちらも、支給額が昨年度57万円だったところ、20万円へと大幅に縮小されました。また昨年まで対象であった大企業は2022年度から対象外になっています。新たに<第1種>、<第2種>の枠組みが追加され、<第1種>については休業者の業務を代替する労働者を新規雇用した場合は1人につき20万円支給される代替要員加算が新設されています。<第1種><第2種>の枠組みは以下の通りです。
<第1種>(男性労働者の出生時育児休業取得)
男性労働者が育児休業を取得しやすい雇用環境の整備措置を複数実施するとともに、労使で合意された代替する労働者の残業抑制のための業務見直しなどが含まれた規定に基づく業務体制整備を行い、産後8週間以内に開始する連続5日以上の育児休業を取得させた中小事業主に支給されます。
代替要員加算:男性労働者の育児休業期間中に代替要員を新規雇用(派遣を含む)した場合の加算があります。
<第2種>( 男性労働者の育児休業取得率上昇)
第1種助成金を受給した事業主が男性労働者の育児休業取得率を3年以内に30%以上上昇させた場合に支給されます。
◆人材開発支援助成金(人への投資促進コース)
「人への投資」を加速化するため国民の方からの提案を形にして2022年度から始まった新しい助成金です。事業主が労働者に対して訓練を実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。特にデジタルやIT分野の人材育成には高率の助成がなされます。
また、この「人への投資促進コース」を修了後に正社員化した場合は、キャリアアップ助成金(正社員化コース)の加算対象になることも注目です。
A. デジタル/成長分野(高度デジタル人材訓練/成長分野等人材訓練)
高度デジタル人材の育成のための訓練や大学院での訓練を行う事業主に対する高率助成を新設
B. IT分野未経験(情報技術分野認定実習併用職業訓練)
IT分野未経験者の即戦力化のための訓練を実施する事業主に対する高率助成の新設(OFFJTとOJTを組み合わせた訓練)
C. サブスクリプション(定額制訓練)
サブスクリプション型の研修サービスによる訓練への助成の新設
D. 自発的能力開発(自発的職業能力開発訓練)
労働者が自発的に受講した訓練費用を負担する事業主への助成の新設
E. 教育訓練休暇(長期教育訓練休暇等制度)
働きながら訓練を受講するための休暇制度や短時間勤務等制度を導入する事業主への助成の拡充
1事業所が1年度に受給できる助成金の限度額は、人への投資促進コース(成長分野等人材訓練除く)は1500万円(*自発的職業能力開発訓練は200万円)、成長分野等人材訓練は1000万円と限度額も高く設定されています。ほかの助成金と共通の受給要件に加えて、事業内職業能力開発計画を作成周知していること、職業能力開発推進者を選任していること、年間職業能力開発計画を提出した日の前日から起算して6か月前の日から支給申請書の提出日までの間に、特定受給資格者となる離職理由で離職した離職者が被保険者数の6%を超えないことなどの要件を満たす必要があります。
◆【東京都の企業限定】東京しごと財団の働くパパママ育休取得応援奨励金
東京都の企業様限定で厚生労働省関連ではありませんが、東京しごと財団の働くパパママ育休取得応援奨励金は、働くママコースとパパコースに分かれていますが、ママコースの場合、女性従業員に1年以上の育児休業を取得させ、就業継続しやすい職場環境を整備した中小企業に支給されるもので比較的取り組みやすい施策を講じることで125万円と高額な受給金額がもらえる可能性が高く、非常におすすめです。
パパコースも、男性の育児休業取得者がすでに発生している場合や、今後予定されている場合、育児休業取得日数に応じ、25万円~上限300万円まで受給できる可能性があります。比較的要件も厳しくなく、取り組みやすいものですので、おすすめです。
3.おわりに
厚生労働省関連の助成金にはいろいろな種類があり、毎年のように新設や変更が加えられます。
積極的に情報を収集しなければ見逃してしまうようなものも多くあります。また、申請書類の準備や申請期限などが厳格に設定されており、不備があると受給できなくなってしまうこともあります。実際の申請には専門家の助けを借りながら申請することが近道であると考えます。
最後に、助成金の不正受給は厳しく処罰されます。不正受給が発覚した場合には受給額の返還に加え、事業主の名称、代表者氏名等が積極的に公表されるなど処罰は厳格化しています。助成金の本質的な意味を見失うことなく、自社運営に見合った受給要件が設定されている助成金に対して、適正な申請を行いましょう。
【執筆者プロフィール】
寺島有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所所長 社会保険労務士
一橋大学商学部 卒業
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
HP: https://www.terashima-sr.com/
2020年9月15日、「IPOをめざす起業のしかた・経営のポイント いちばん最初に読む本」(アニモ出版)が発売されました。
その他:2020年7月3日に「Q&Aでわかるテレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。